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前橋地方裁判所 昭和35年(ワ)111号 判決 1969年5月31日

原告

岡田洋子

外五〇八人

被告

群馬県

主文

一、被告は、別紙第一目録中(一)、(二)記載の原告らに対し、それぞれ同目録中(一)、(二)の債権額欄記載の金員およびこれに対する昭和三五年六月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告は、別紙第二目録中(一)、(二)記載の原告らに対し、それぞれ同目録中(一)、(二)の債権額欄記載の金員およびこれに対する昭和三五年六月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三、被告は、別紙第三目録中(一)、(二)記載の原告らに対し、それぞれ同目録中(一)、(二)の債権額欄記載の金員およびこれに対する昭和三五年七月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四、訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、原告らの求める裁判

主文第一ないし第三項同旨および「訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告の求める裁判

「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二  原告らの請求の原因

一、(一) 別紙第一ないし第三目録中各(一)記載の原告らは、いずれも群馬県内の公立学校の教育公務員として、少なくとも、同第一目録中(一)記載の原告らは昭和三三年四月一日から、同第二目録中(一)記載の原告らは同年五月一日から、同第三目録中(一)記載の原告らは同年六月一日から、いずれも同年九月三〇日までの間、同県内の公立学校に勤務していたものである。

(二) 別紙第一ないし第三目録中各(二)記載の原告らは、うち別紙第一目録中(二)記載の原告荒井賀久次(原告番号一、三一一番)、および同原告関口久雄(同番号三、七五〇番)、同第三目録中(二)記載の原告鈴木荘作(同番号一〇六番)の三名はいずれも群馬県内の公立学校の事務補佐職員として、その余の原告らはいずれも同県内の公立学校の事務職員として、少なくとも、同第一目録中(二)記載の原告らは昭和三三年四月一日から、同第二目録中(二)記載の原告らは同年五月一日から、同第三目録中(二)記載の原告らは同年六月一日から、いずれも同年九月三〇日までの間、同県内の公立学校に勤務していたものである。

二、被告は、原告らのうち、市町村立学校のものに対しては市町村立学校職員給与負担法により、その余の県立学校のものに対しては学校設置者としてそれぞれその宿日直手当の支払義務者である。

三、原告らは、それぞれ前記一の期間、それぞれ勤務する公立学校において、宿直、日直ないし半日直(勤務時間五時間に満たない日直勤務をいう。)勤務をなした。

ところが、原告らは、それらの宿日直勤務(半日直勤務を含む。以下同じ。)について、被告から宿直・日直勤務各一回につき金二〇〇円の割合で(ただし、盲聾学校において勤務した宿日直勤務については一回につき金一六〇円の割合。)その手当の支給を受けたのみであり、半日直勤務についてはその手当の支給を受けていない。

四、原告ら公立学校の教育公務員および事務職員、事務補在職員(以下後二者を事務職員等という。)の宿日直手当は、地方公務員法第二四条第六項、第二五条第一項により、条例をもつてこれを定め、かつ条例に基づかずにこれを支給できないものとされているところ、群馬県においては、昭和三一年九月二九日に原告ら公立学校の教育公務員および事務職員等の給与に関する条例として、「群馬県立学校職員の給与に関する条例」(条例第四一号)および「群馬県市町村立学校職員の給与に関する条例」(条例第四二号)がそれぞれ制定され、同年九月一日から適用されたが、それまでの間は、右給与に関する条例は未制定であつた。そして、右条例第四一号は、その第二二条で、右条例第四二号は、その第二一条で、それぞれ宿日直手当についてその額および支給方法の決定を教育委員会規則に委任したので、群馬県教育委員会は、昭和三三年一一月一八日、右条例の委任に基づいて「群馬県公立学校職員の宿日直手当支給に関する規則」(教育委員会規則第一二号)を制定し、同年一〇月一日に遡及して適用することとしたものである。

ところで、右規則適用の日の前日である昭和三三年九月三〇日までの間の宿日直手当の支給は、地方公務員法附則第六項の規定により「なお従前の例による」ことになるが、原告らのうち、まず、公立学校の教育公務員に関する右の「従前の例」とは、地方公務員法施行当時適用されていた教育公務員特例法第三三条(昭和二六年法律第二四一号による改正前の規定)に基づいて定められた同法施行令(昭和二四年政令第六号)第一一条(昭和二六年政令第二一九号による改正前の規定)、すなわち「公立学校の教育公務員の給与については、国立学校の教育公務員の例による」との規定がこれにあたり、結局、右規定により公立学校の教育公務員の給与は、国立学校の教育公務員のそれと同一に取り扱うべきものとなるものである。そして、国立学校の教育公務員の宿日直手当は、「一般職の職員の給与に関する法律」第一九条の二に基づいて定められた人事院規則九―一五の第二条の規定により、「宿日直勤務一回につき三六〇円、(五時間未満の場合は一八〇円)」と定められているので、前記規則適用の日の前日までの間の公立学校の教育公務員である原告らの宿日直手当は右と同額が支給されるべきである。次に、原告らのうち、事務職員等に関する前記「従前の例」とは、旧教育委員会法(昭和二三年法律第一七〇号)第六七条、第六八条、附則第八一条に基づき、「地方公共団体の長の補助機関たる職員の給与に関する規定」を準用することを指称するものであるところ、「群馬県職員の給与に関する条例」(昭和二六年一〇月一七日、第五五号)第一八条第一項には「宿直勤務又は日直勤務を命ぜられた職員にはその勤務一回につき、三六〇円をこえない範囲内において、任命権者が定める額を宿日直手当として支給する」と規定し、右任命権者の定めるところの昭和三三年一〇月二八日群馬県訓令甲第二三号による改正前の「宿日直手当に関する規程」(昭和二八年同県訓令甲第四二号)第二条第一項には、昭和二九年四月一日から昭和三三年九月三〇日まで、「宿日直勤務一回につき二〇〇円、五時間未満の場合は、その勤務一回につき一〇〇円」と定められているので、右の間の公立学校の事務職員等である原告らの宿日直手当はこれらの給与に関する規定を準用して右と同額が支給されるべきである。

五、従つて、原告らは、宿日直手当につき、前記三のとおりその一部の支給を受けたにとどまるので、右法定支給額と既支給額との差額について被告に対しその支給を請求する権利を有するところ、原告らがそれぞれ勤務する公立学校において宿日直勤務をなした前記三の期間における宿日直手当の前記法定支給額から前記既支給額を控除した額を計算すると、別紙第一ないし第三目録中各債権額欄記載のとおりである。ただし、別紙第一目録中(一)記載の原告らのうち、原告大山操(原告番号八〇五番)、原告大沢京一(同番号三、二八一番)、別紙第二丁録中(一)記載の原告らのうち、原告新井豊(同番号六一番)、原告田子賢吾(同番号二九二番)、原告佐藤次雄(同番号八四三番)、原告伊藤友清(同番号一、六九八番)、原告小林幸雄(同番号一、七三〇番)、同目録中(二)記載の原告らのうち、原告中島進(同番号一、三五三番)は、いずれも本件訴訟係属中に死亡し、右原告大山操については、大山静枝、大山智裕、大山倫裕が右原告大沢京一については、大沢キク、竹前延江、大沢克章、鹿沼キヨ子、大沢浩、大沢哲雄が、右原告新井豊については、新井ハナ子、新井弘子、新井るり子が、右原告田子賢吾については、田子多恵子、田子英子、田子章子、田子正興が、右原告佐藤次男については、佐藤美恵子、佐藤暁代、佐藤芳則、佐藤隆則が、右原告伊藤友清については、伊藤節子、伊藤裕子が、右原告小林幸雄については、小林一子、小林正人、小林栄子、小林弘が、右原告中島進については、中島祭きく、中島紀子、中島淑子、中島博、中島健が、それぞれ、同原告らの有する前記未支給宿日直手当金支払請求権につき、その相続分に応じて相続したものであつて、右相続分に応じた請求債権額は、別紙目録中各該当債権額欄記載のとおりとなるものである。

七、よつて、原告らは、被告に対し、別紙第一ないし第三目録中債権額欄記載のとおり未支給宿日直手当金およびこれに対する各訴状送達の日の翌日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  原告らの請求の原因に対する被告の答弁および抗弁

一、請求原因一ないし三の事実は認める。

二、請求原因四の主張のうち、原告らの宿日直手当に地方公務員法第二四条第六項、第二五条第一項の適用があること、群馬県における公立学校の教育公務員および事務職員等に適用される給与に関する条例が、その主張の日に制定適用され、ついで群馬県教育委員会規則が原告主張どおり制定され、遡及して適用されたこと、それまでの間は、給与に関する条例の制定がなく、地方公務員法附則第六項は右条例制定に至るまでの間はなお従前の例によると定めるものであることは認める。その余の原告の主張は争う。

三、請求原因五の事実のうち、原告らがそれぞれ勤務する公立学校において宿日直勤務をなしたその主張の期間における宿日直手当について、原告らが主張する法定支給額を前提として既支給額を控除した額を計算すると、原告らに支払うべき金額は、原告ら主張のとおりとなること、その主張の原告らが本件訴訟係属中に死亡し、その主張の相続人らがそれぞれ右原告らを相続したこと、右原告らの主張する期間内の、その主張する宿日直手当の法定支給額を前提として既支給額を控除して得られた金額の支払請求権につき、右相続人らが各相続分に応じて取得した債権額は、別紙目録中各該当債権額欄記載のとおりとなること、は認める。

四、(一) 教育公務員である原告らに対する宿日直手当支給の法的根拠について。

1  群馬県の公立学校教育公務員に対する宿日直手当の額は、原告らの主張と異なり、教育公務員特例法第二五条の五の規定により、国立学校の教育公務員の給与の種類および金額を基準として群馬県教育委員会が条例の委任により、条例未制定の間はその本来の権限により、決定すべきものであるところ、同県においては、昭和二三年九月二七日、「小学校及び中学校教職員の日直手当及び宿日直手当支給要綱」(同日付教育部長通達)が定められ、同年四月一日に遡つて適用され、以来地方公務員法施行後も条例制定後、前記教育委員会規則が制定適用された日の前日である昭和三三年九月三〇日までの間は右支給要綱に従つて支給されていたものである。以下、関係法令の変遷をたどりつつ原告らの主張の誤りを指摘する。

(イ) 原告ら公立学校の教育公務員は、昭和二四年一月一二日施行の教育公務員特例法第三条により、従前の国家公務員から地方公務員にその身分が変更されたが、その給与については、同法第三三条(昭和二六年法律第二四一号による改正前の規定。以下「同法旧第三三条」という。)、同法施行令第一一条(昭和二六年政令第二一九号による改正前の規定。以下「同法施行令旧第一一条」という。)により国立学校の教育公務員の例によるものとされたことは原告ら主張のとおりである。

ところで、当時、国立学校の教育公務員の給与については、昭和二三年法律第二六五号によつて一部改正された「政府職員の新給与実施に関する法律」(同年法律第四六号)が適用されていたが、同法第一条に規定された給与の種類は、「俸給、扶養手当、勤務地手当、特殊勤務手当、休日給、夜勤手当」であつて、宿日直手当は廃止されていた。すなわち、国立学校の教育公務員の宿日直勤務に対しては、宿日直手当なる制度はなくて、超過勤務手当が支給された(昭和二四年二月七日給本甲第二四号「政府職員の新給与実施に関する法律の解釈及び運用方針について」(参照)。さらに、原告ら教育公務員が、前記のとおり地方公務員たる身分を取得した後は、国家公務員法附則第一六項による労働基準法の適用除外を受けなくなつたので、これらに対して宿日直勤務を命ずることはできるが、労働協約締結権のない地方公務員に対しては、労働基準法第三三条により災害その他避けることのできない事由のない限り超過勤務を命じ得ないものとなつたのみならず、当時、市町村立学校の教職員に対する超過勤務手当の支給は、学校設置者である市町村の負担であつて、市町村立学校職員給与負担法によつても被告県の負担とはされていなかつたから、被告は、右の教職員らに対して超過勤務手当を支給する地位にはなかつた。以上のように、前記教育公務員特例法が施行された昭和二四年一月一二日から、後に昭和二七年二月二五日公布された「一般職の職員の給与に関する法律の一部を改正する法律」(同年法律第三二四号)第五条第一項、第一九条の二の規定によつて宿日直手当が設けられるまでの間は、前記教育公務員特例法旧第三三条、同法施行令旧第一一条の規定により、公立学校の教育公務員の宿日直手当につき、「国立学校の教育公務員の例による」とされても、結局、そのよるべき国立学校の教育公務員の例がなかつたのであるから、右の間においては、国立学校の教育公務員の宿日直勤務に対して支給される超過勤務手当に準拠して都道府県教育委員会がその本来の権限に基づいて決定するほかはなかつたわけである(旧教育委員会法昭和二十三年法律第一七〇号)第四条)。

(ロ) これより先、昭和二三年七月一〇日、「学校教育法及び義務教育費国庫負担法の一部を改正する法律」(同年法律第一三三号)が施行され、同年四月一日に遡つて適用され、これにより日直および宿直に関する手当の半額もまた国庫で負担することとなり、(義務教育費国庫負担法(昭和一五年法律第二二号)第二条)、昭和二四年五月七日公布された義務教育費国庫負担法施行令(昭和二四年政令第九〇号)は、その第四条で、日直および宿直に関する手当の額は、国家公務員の例に準じて、文部大臣が大蔵大臣と協議して定めた額と規定し、この規定も昭和二三年四月一日に遡及して適用されることとなつた。また、同年七月一〇日市町村立学校職員給与負担法が制定され、同法第一条により市町村立学校の教職員の宿日直手当も都道府県の負担とされ、同じく遡及して適用されることとなつた。そして、昭和二四年一月一二日教育公務員特例法が施行された当時は右の二法律および施行令がその効力を有していたものであるところ、前記義務教育費国庫負担法第二条、同法施行令第四条および市町村立学校職員給与負担法第一条の規定は、明らかに教育公務員特例法旧第三三条にいう「他の法律に特別の定があるもの」を規定するものと解すべきである。

(ハ) 群馬県教育委員会は、以上、(イ)(ロ)のとおり、地方教育公務員の宿日直手当についてはよるべき国立学校の教育公務員の例がないところから、教育公務員特例法旧第三三条にいう特別の定めである前記義務教育費国庫負担法第二条等の規定に準拠して、教育委員会法第四条等の本来の権限に基づき前記「支給要綱」を定め、これに基づき宿日直手当を支給していたものである。

(ニ) その後、昭和二六年二月一三日、地方公務員法第二四条が施行されたのであるが、その当時においては、教育公務員特例法旧第三三条、同法施行令旧第一一条はいずれも効力を有していたものゝ、同法附則第六項にいう「従前の例による」とは、右各規定するところによるのではなくして、前記のとおり、従前教育委員会において定めていた前記「支給要綱」を踏襲することであると解釈するほかない。

(ホ) 次いで、昭和二六年六月一六日、「教育公務員特例法の一部を改正する法律」(同年法律第二四一号)が公布され、これにより同法旧第三三条の規定が削除されて、新たに同法第二五条の五が設けられ、同法旧第三三条の削除に伴い、「教育公務員特例法施行令の一部を改正する政令」(同年政令第二一九号)により同法施行令旧第一一条が削除された。そして、右改正は、いずれも地方公務員法附則第六項の効力が生じた日である同年二月一三日に遡及して効力を有するとされた。従つて右削除された教育公務員特例法旧第三三条、同法施行令旧第一一条が現に効力を有すると解する余地はない。

さらに、地方公務員法第五七条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下地方教育行政法という。)第三五条は、教育公務員の給与、服務等に関する事項は、この法律及び他の法律に特別の定がある場合を除き、地方公務員法の定めるところによると規定するところ、前記教育公務員特例法第二五条の五の規定は、地方教育行政法第三五条にいう「他の法律に特別の定がある場合」に該当するから、地方公務員法に優先して適用されることは明らかであり、従つて、同法附則第六項が教育公務員特例法第二五条の五の経過規定であると解する余地はない。また、同法第二五条の五が地方公務員法附則第六項に優先する効力を持つことは、「特別法は一般法に優先する」という基本原則から直ちに納得される。

以上のとおりであつて、給与条例が施行されるまでは地方公務員法附則第六項の規定により、教育公務員特例法旧第三三条、同法施行令旧第一一条が適用されるとする原告らの主張が誤つていることは明らかである。そして、「国立学校の教育公務員の給与の種類及びその額を基準として定める」とする前記第二五条の五の規定に基づき、これに従つて定められた前記「支給要綱」が地方公務員法附則第六項の規定にもかかわらず、これに優先して適用されるものといわねばならない。

(ヘ) さらに、昭和三一年九月二九日制定、同月一日から適用のあつた本件条例は、宿日直の額およびその支給方法を教育委員会規則を以て定めるものとし、その実施あるまでの間は、本件条例第四一号附則第三項、第四二号附則第五項により、なお従前の例によることとなつたところ、その教育委員会規定が、昭和三三年一一月一八日制定され、同年一〇月一日から適用されたので、右の規則適用の日の前日までは、右附則により、従前の例である前記「支給要綱」に基づき宿日直が支給されたものである。

2  仮に、百歩を譲り、原告ら主張の法律関係が適用されたとしても、教育公務員特例法施行令旧第一一条の「国立学校の教育公務員の例による」とあるのは、群馬県における原告らの宿日直手当の額が人事院規則により決定されることを意味することにはならない。

(イ) まず、法令用語の「例による」とは、広く制度または法令の規定を包括的に他の同種の事項にあてはめることを意味する。施行令旧第一一条の法意は、地方教育公務員の給与を国の教育公務員の給与に準じて、各地方公共団体の実情に応じて適宜決定すべきものとする趣旨であつて、国の給与法規たる人事院規則を直ちに地方教育公務員にも適用し、これの定めるところに従わしめる趣旨ではない。このことは次の三点から明らかに知ることができる。すなわち、

第一に、憲法第九二条は、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める」と規定する。この地方自治の本旨とは、地方公共団体の行政事務は住民の意思によりこれを決し、能うかぎり国はこれに干渉しないとするものであつて、地方公共団体の行政事務に関する法律はこの基本原則に従つて解釈されねばならず、地方自治法、地方公務員法が地方公務員の給与等を条例をもつて定むべきものと規定するところも、右の地方自治の本旨を明らかにしたに過ぎないものである。従つて、原告ら主張の前記施行令旧第一一条をもつて、地方公務員の宿日直手当を全国画一的に人事院規則の規定する額を支給すべきことを定めたものと解することは、明らかに地方自治の本旨に反するものであり、右施行令旧第一一条を原告ら主張のように解すれば、同条は、憲法第九二条に違反するというほかない。

第二に、前記施行令旧第一一条本文は、給与については、「なお従前の例による」とせずに「国立学校の教育公務員の例による」との文言を用いているのに対し、その但書においては、「特殊勤務手当はなお従前の例による」といつて、これを区別して規定している点からみても、同条の法意が、公立学校の教育公務員の給与を国立学校の教育公務員に適用される給与と同一に扱う趣旨にあるのではなく、各地方公共団体において、それを基準にして適宜に定めさせる趣旨と解するほかない。

第三に、前記義務教育費国庫負担法第二条、同法施行令第四条により文部大臣が大蔵大臣と協議して定める宿日直手当の額は、これを国家公務員の例に準じて定めるものと規定し、教育公務員特例法第二五条の五は、削除された同法旧第三三条に代つて、公立学校の教育公務員については、国立学校の教育公務員の給与の種類およびその額を基準として定めるものと規定しているので、これら法令の規定からも、右施行令旧第一一条は、公立学校の教育公務員の宿日直手当の額は、国立学校の教育公務員のそれと同一にすべきものとしたものではないと解することができる。

(ロ) 次に、地方自治法施行規程(昭和二二年政令第一九号)第五五条第二項が、「都道府県の吏員の給与について、地方公務員法制定までの間、官吏の俸給その他の例による」としていたのは、右施行令旧第一一条と同じであるが、右規程の解釈につき、次の裁判例がある。すなわち、知事が橋梁の竣工に功労のあつた吏員に対し、賞与金を支出したところ、官吏の給与には賞与という項目がないから、右は、同規程に抵触する違法な公金の支出であるとして知事らを背任罪として起訴した刑事事件に関し、裁判所が、右規程を吏員の給与につき一応の基準を示した訓示規定であると判示したことからも明らかなように、右施行規程の「例による」とは、訓示規定と解すべきで、その規定の文言を同じくする前記施行令旧第一一条も公共団体における地方教育公務員の給与は、国立学校に勤務する教育公務員の給与の種類およびその額を一応の基準としてこれを決定すればよいとの訓示規定といわねばならない。

(二) 事務職員等である原告らに対する宿日直手当支給の法的根拠について。

群馬県の公立学校の事務職員等に対する宿日直手当の支給に関する地方公務員法附則第六項の「従前の例」とは、旧教育委員会法(昭和二三年法律第一七〇号)および旧教育委員会法外二件の一部を改正する法律(昭和二五年法律第一六八号)第六七条、第六八条、附則第八一条により「当該地方公共団体の長の補助機関たる吏員の例による。」ことを指称するから、原告ら主張のとおり、原告ら事務職員等の宿日直手当は、条例およびそれに基づく規則が制定されるまでは、「群馬県職員の給与に関する条例」第一八条によることとなる。しかし、同条の解釈については、原告らと異なるものである。すなわち、同条には「任命権者が定める額」と規定しているところ、原告ら事務職員等の任命権者は、群馬県教育委員会であるから、同原告らの宿日直手当として同委員会の定める額を支給すべきこととなることは明らかである。群馬県においては、市町村立学校の事務職員等の宿日直手当につき、義務教育費国庫負担法に基づいて、昭和二三年九月二七日、前記「小学校及び中学校教職員の日直手当及び宿日直手当支給要綱」(同日付教育部長通達)が、また、県立学校の事務職員等の宿日直手当につき、同年一二月一三日、右支給要綱に準じて「日直及び宿直手当支給要綱」(同日付教育長通達)がそれぞれ定められこれらはいずれも同年四月一日に遡つて適用されることとなり、以来条例制定後前記教育委員会規則か制定適用された日の前日である昭和三三年九月三〇日までの間は、右各支給要綱に従つて支給されていたものであつて、これらの支給要綱に定めた宿日直手当の額が前記「群馬県職員の給与に関する条例」第一八条に規定する「任命権者が定める額」に相当するものである。

第四  被告の答弁および抗弁に対する原告らの主張

一、第三の四の(一)の1の(イ)の主張について。

被告主張の昭和二四年一月一二日から昭和二七年二月二五日までの間、国立学校の教育公務員が宿日直勤務をしたときは、その手当を超過勤務手当として支給されていたことは被告主張のとおりであるが、その支給の名目は超過勤務手当であつても、それが教育公務員のなした宿日直勤務に対し、支給される手当として実質的には改正後の宿日直手当にあたることは異論のないところである。そして、前記教育公務員特例法旧第三三条と同法施行令旧第一一条が、公立学校の教育公務員の給与については国立学校の教育公務員の例によると定めたのは、公立学校の教育公務員が地方公務員となつて、その身分に変動があつたのちも、なお、従前、国の教育公務員であつた当時と同一の処遇を暫定的にではあるが与えようとした趣旨にほかならないから、宿日直手当に関しても当然に国立学校におけると同様宿日直勤務に対する手当を超過勤務手当として支給するという法律の定めに基づき、その支給がなされることとするものであつて、附則第六項にいう従前の例もこの法律制度をさすものである。公立学校の教育公務員が労働基準法の適用を受けることになつても、これに対し、宿日直勤務を命じ得ないものではないことは被告の自認するところであり、また、市町村立学校の教育公務員に対する宿日直手当は、市町村立学校職員給与負担法により、被告県の負担であることは明らかである。被告の主張は、宿日直勤務に対し、超過勤務手当という名の手当が支払われていたという実質を無視した立論というほかはない。

二、同(ロ)の主張について。

被告挙示の義務教育費国庫負担法、同法施行令、市町村立学校職員給与負担法は、義務教育費の半額を国庫において負担すること、すなわち、国と地方公共団体との間の義務教育費負担の割合を定めたものであつて、公立学校の教育公務員の給与請求権に何らの影響を及ぼすものではない。右義務教育費国庫負担法施行令第四条の文部大臣が大蔵大臣と協議して定めた宿日直手当の額との規定は、義務教育費の国庫負担額算出のための基準を定めるに過ぎないものであつて、地方公共団体が公立学校教職員に対して支給すべき宿日直手当の額を決定するとするものではない。そして、以上のほか、右施行令が定められたのは、教育公務員特例法旧第三三条の施行の日に遅れる昭和二四年五月七日である点などを考え合わせると、これらの規定するところが同法旧第三三条にいう「他の法律に特別の定があるもの」にあたるとは解せられない。

三、同(ハ)、(ニ)の主張について。

およそ、教育委員会が一方的に定めた要綱が法律に優先することはあり得ない。事実上、被告が右要綱に基づいて宿日直手当を支給したとしても、かかる違法な支出が直ちに地方公務員法附則第六項の「従前の例」として法的効果を有することはない。

四、同(ホ)の主張について。

まず、被告は、昭和二六年六月一六日公布された「教育公務員特例法の一部を改正する法律」および同法施行令の一部を改正する政令により、旧第三三条および施行令旧第一一条が削除されたことをもつて、これら削除された規定が現に効力を有すると解する余地はないと主張する。しかし、法令の改廃に伴いその経過規定として「なお従前の例による」とある場合には、当該事項を従前から規制していた法律およびこれに基づく当該事項に関する命令等を合わせてそれら法規が包括的に、かつ、いわば凍結されたままで適用されるとするものである。従つて、地方公務員法附則第六項が給与条例が制定されるまでの間はなお従前の例によると規定しているのは、教育公務員特例法旧第三三条、同法施行令旧第一一条により、公立学校の教育公務員の給与については国立学校の教育公務員の例によるとされた法律適用の状態が、その凍結したままで地方教育公務員に適用されるとするものであるから、後に国立学校の教育公務員の給与が改正されたときは、当然に公立学校の教育公務員の給与もその適用を受けるものである。

次に、被告は、教育公務員特例法第二五条の五は地方公務員法附則第六項の特別規定であると主張するが、右第二五条の五は、条例を判定する際の基準を示したものであつて、地方公共団体が条例によらずして他の何らかの方法で宿日直手当の額を決定することを容認する趣旨ではないことは、その規定の文言から明らかである。従つて、同条が右附則第六項を改廃するものでもなければ、その特別の定めを規定するものでもないことも明らかである。

五、第三の四の(一)の2の(イ)の主張について。

まず、被告は、教育公務員特例法施行令旧第一一条は、地方公共団体において、地方教育公務員の給与を国立学校の教育公務員の給与に準じて実状に応じ適宜決定すれば足る趣旨であると主張し、第一に、地方自治の本旨を説く。確かに、被告が地方自治の本旨に従いその地方公共団体独自の立場で宿日直手当の額を定めることが望ましいことは被告主張のとおりであり、地方自治法第二〇四条、地方公務員法第二四条第六項も右の趣旨であろう。しかし、施行令旧第一一条が制定されたのは、公立学校の教育公務員の身分切り換の関係上、条例が制定されるまでの時間的空白を埋めるための止むを得ない措置である。被告の右主張は、条例の制定を遅らしめた自らの手落を忘れた議論である。

第二に、被告は、右施行令旧第一一条を前記のような趣旨に解すべき根拠として、同条但書の規定をあげる。しかし、同条但書が特に公立学校の教育公務員の特殊勤務手当について規定したのは、公立学校の教育公務員の身分の変更に伴い、その給与に関して国立学校の教育公務員と同じ扱いをすると、従前適用のあつた政府職員の特殊勤務手当に関する政令中第一二章公立学校職員の特殊勤務手当の規定が却つて適用されなくなるので、その結果を避けようとする配慮のもとに、右政令中の特殊勤務手当の規定の適用があることを規定するため、特に但書において「なお従前の例による」としたものであつて、かかる立法の趣旨、経違よりみて被告の右主張は、失当である。

第三に、被告は、義務教育費国庫負担法第二条、同法施行令第四条、教育公務員特例法第二五条の五の規定からも、前記施行令旧第一一条は被告主張の趣旨に解されねばならないと主張するが、右の法令の立法趣旨ないし規定の対象は先に主張したとおりであつて、これら法令が被告の主張を根拠づけるものとはなり得ない。

六、同(ロ)の主張について。

被告は、地方自治法施行規程第五五条第二項の規定に関する刑事事件の判決を援用して教育公務員特例法施行令旧第一一条が訓示規定である旨主張するが、本来刑事々件における犯罪の成否に関する場合と民事事件とでは、法の解釈基準が本質的に異るものであるのみならず、右施行規程は、地方自治法第二〇四条第三項の明文が存在するにもかかわらず規定されたものであつて、条例が全く存在しないときに身分の変更があつた本件の場合とは本質的に異り、さらに、右施行規程は、地方自治法附則第九条に基づくものであるが、同条は、「地方公共団体の職員に関して規定する法律が定められるまでの間は、従来の規定に準じて政令でこれを定める」と規定するものであつて、前記施行令旧第一一条の「従前の例による」という場合とは異なるものであるから、結局、被告の右主張は、本件の場合に適切な根拠とはならない。

第五  証拠関係

一、被告の書証提出 乙第一ないし第三号証。

二、原告の乙各号証の認否 乙第一号証の原本の存在ならびに成立、乙第二、三号証の各成立はいずれも認める。

理由

一、原告ら主張の請求原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二、そこで、原告ら公立学校の教育公務員および事務職員等(事務職員および事務補佐職員をいう。以下同様である。)に対する宿日直手当支給の法的根拠について検討する。

別紙第一ないし第三目録中各(一)記載の原告ら群馬県内の公立学校の教育公務員および別紙第一ないし第三目録中各(二)記載の原告ら同県内の公立学校の事務職員等の給与に関する条例として、昭和三一年九月二九日、地方公務員法第二四条第六項等に基づき、「群馬県立学校職員の給与に関する条例」(条例第四一号)および「群馬県市町村立学校職員の給与に関する条例」(条例第四二号)が制定されて、いずれも同年九月一日から適用されたが、右条例第四一号はその第二二条で、右条例第四二号はその第二一条で、宿日直手当につき、その額の決定を教育委員会規則に委ねたので、昭和三三年一一月一八日、右各規定に基づく教育委員会規則として、「群馬県公立学校職員の宿日直手当支給に関する規則」(教育委員会規則第一二号)が制定され、同年一〇月一日から適用されるに至つた。しかしながら、それまでの間は、群馬県内の公立学校の教育公務員および事務職員等の給与に関する条例ならびに規則の制定がなかつたから、右規則適用の日の前日である昭和三三年九月三〇日までの間の右教育公務員および事務職員等の宿日直手当支給の法的根拠が問題となる。

(一)  教育公務員である原告らについて。

(1)  群馬県内の公立学校の教育公務員の、右規則適用の日の前日である昭和三三年九月三〇日までの間における宿日直手当の支給は、以下に記載する立法経過および立法趣旨等に鑑みると、地方公務員法附則第六項により、教育公務員特例法第三三条(昭和二六年法律第二四一号による改正前の規定。以下同法旧第三三条という。)および同法施行令第一一条(同年政令第二一九号による改正前の規定。以下同法施行令旧第一一条という。)に基づき、国立学校の教育公務員と同一に取り扱うべきものと解するのが相当である。すなわち、

昭和二五年一二月一三日制定された地方公務員法第二五条第一項、第二四条第六項には、給与は条例に基づいて支給されなければならず、またこれに基づかずには、いかなる金銭または有価物も支給してはならない旨の規定があり、同法附則第六項には右給与に関する条例が制定施行されるまでの間の暫定的経過措置として、「なお、従前の例による」との規定が置かれている。ところで、これより先、昭和二二年一〇月二一日公布された国家公務員法附則第一三条に基づき、昭和二四年一月一二日、教育公務員特例法(同年法律第一号)が施行されたが、同法第二条、第三条により、公立学校の教育公務員は、従前の官吏たる身分から地方公務員とされ、同法第三一条により、「それぞれ現にある級及び現に受ける号俸に相当する給料をもつて、この法律により当該地方公共団体の公務員に任用され、引き続き現にある職に相当する職についたもの」とされた。そして、同法旧第三三条で、「別に地方公共団体の職員に関して規定する法律が制定施行されるまでの間は、政令で特別の定をすることができる」とし、同法施行と同日制定された同法施行令旧第一一条で、「公立学校の教育公務員の給与については国立学校の教育公務員の例による」とし、もつて公立学校の教育公務員の身分変動に伴う暫定的経過措置として給与の根拠規定を明定したことが明らかである。そして、右教育公務員特例法旧第三三条および同法施行令旧第一一条が効力を有したまま、前記地方公務員法が制定施行されたのであるから、同法附則第六項にいう公立学校の教育公務員の宿日直手当を含む給与に関する「従前の例」とは、右教育公務員特例法旧第三三条および同法施行令旧第一一条に基づく、国立学校の教育公務員と同一に取り扱うべきことを指称し、公立学校の教育公務員の給与に関する条例が制定、施行されるまでの間、引き続き、その例によるべきものと解するのが相当である。

(2)  被告は、群馬県の公立学校教育公務員に対する宿日直手当は、前記教育委員会規則が制定適用された日の前日である昭和三三年九月三〇日までの間に、「小学校および中学校教職員の日直手当支給要綱」に従つて支給されていたものである旨主張し、右支給要綱による取扱が適法であることの論証を種種試みる。

まず、被告は、教育公務員特例法施行当時適用されていた「政府職員の新給与実施に関する法律」第一条によれば、国立学校の教育公務員の宿日直手当は廃止されていたこと、同教育公務員の宿日直勤務に対しては、超過勤務手当としてこれに対する手当が支給されていたところ、地方公務員たる身分に変更した原告ら公立学校の教育公務員については、労働基準法第三三条による特別の事由がない限り超過勤務を命じえないのみならず、市町村立学校職員に対する超過勤務手当の支給は、被告県の負担とはされていなかつたこと、等の点からみると、教育公務員特例法旧第三三条、同法施行令旧第一一条によつて、公立学校の教育公務員の宿日直手当につき「国立学校の教育公務員の例による」とされても、結局そのよるべき国立学校の教育公務員の例がなかつた旨主張する。しかし、右被告主張の前提となる主張は認めることができるが、その前提から、直ちに、よるべき国立学校の教育公務員の例がなかつたと論結することはできない。すなわち、名目は超過勤務手当であつても、実質は宿日直勤務に対する手当として支給されていたものであり、また、公立学校の教育公務員に対して宿日直勤務を命ずることは労働基準法上妨げとなるものではなく、さらに、すでに当時において市町村立学校職員給与負担法第一条によつて、市町村立学校職員に対する宿日直勤務の手当の支給は、都道府県の負担とされていたものである。従つて、教育公務員特例法施行令旧第一一条の解釈としては、国立学校の教育公務員の宿日直手当が廃止されていた際、その宿日直勤務に対し超過勤務手当が支給されていたのと同一の取扱が公立学校の教育公務員の宿日直勤務に対してもなされるべきであると解すべきである。よつて、右被告の主張は採用できない。

次に、被告は、義務教育費国庫負担法第二条、同法施行令第四条および市町村立学校職員給与負担法第一条の規定が教育公務員特例法旧第三三条にいう「他の法律に特別の定があるもの」に該当すると主張するが、被告挙示の法令は、国と地方公共団体との間または地方公共団体同至の間の義務教育諸学校の経費の負担割合を定めたものであり、右施行令第四条は、右経費の国庫負担額算出のための基準を設定したにすぎないものであつて、いずれも公立学校の教育公務員の給与の額について、教育公務員特例法旧第三三条にいう「他の法律に特別の定があるもの」と解することはできないから、右被告の主張は採用できない。

そうすると、被告の主張する、公立学校の教育公務員の宿日直手当につき、よるべき国立学校の教育公務員の例がなかつたこと、および義務教育費国庫負担法等が教育公務員特例法旧第三三条にいう「特別の定」に該当すること、をもつて前記支給要綱の法的根拠となし得ないものと言うべきであるが、飜つて、もともと公立学校の職員に対して支給すべき宿日直手当につき、被告主張のように旧教育委員会法第四条等の規定に基づき群馬県教育委員会がその額等を決定する権限を有するものでないことは、その規定の解釈上明らかであるから、同法もしくはこれに基づくと被告の主張する前記支給要綱が、教育公務員特例法旧第三三条にいう「特別の定」に該当するとも解せられない。以上、要するに、右支給要綱は、法的根拠を欠くものであつて、教育公務員特例法旧第三三条、同法施行令旧第一一条の規定が有効であるにもかかわらず、かかる「支給要綱」に基づく事実上の取扱いが、地方公務員法附則第六項にいう「従前の例」に該るものとは到底解することができない。

次に、被告は、その主張の「教育公務員特例法の一部を改正する法律」および同法施行令の一部を改正する政令により、旧第三三条および施行令旧第一一条が削除され、新たに同法第二五条の五が設けられたことをもつて、これら削除された規定が現に効力を有すると解する余地はないし、また右二五条の五の規定は、地方公務員法附則第六項に優先する効力を有するとして、右二五条の五の規定が前記「支給要綱」制定の法的根拠であると主張する。しかし、地方公務員法附則第六項が、「なお、従前の例による」としたのは、前記のとおり給与条例が制定されるまでの間は、右附則施行当時の従前の例である教育公務員特例法旧第三三条および同法施行令旧第一一条に基づく、国立学校の教育公務員と同一に取り扱うべきものとする趣旨であるから、後に、右旧第三三条、旧第一一条の規定が削除されても、右趣旨には変更を来さないばかりか、国立学校の教育公務員の給与自体が改正された場合には、公立学校の教育公務員の給与もその改正されたところに従つて支給されるべきものと解すべきである。そして、右二五条の五の規定は、給与は条例で定めなければならないとする地方自治法第二〇四条、地方公務員法第二五条第一項、第二四条第六項の規定に照して考えると、単に、地方公共団体が公立学校の教育公務員の給与の種類およびその額を定める際の基準を示したものであるにすぎず、同法附則第六項を改廃して新たな給与に関する根拠規定を定めたものではないことが明らかであるから、右二五条の五の規定の効力が右附則第六項に優先するものとして、これを前記「支給要綱」の法的根拠となすことはできない。

次に、被告は、本件条例第四一号附則第三項、第四二号附則第五項により、本件条例の適用があつた日から前記教育委員会規則第一二号適用の日の前日までの間は、「なお従前の例による」こととなつたところ、右にいう従前の例とは、前記「支給要綱」に基づく取扱いを指称するものであると主張するが、地方公務員法附則第六項中「この法律中の各相当規定がそれぞれの地方公共団体に適用されるまでの間」とは、同法第二五条第一項、第二四条第六項に規定する給与のうち宿日直手当に関しては、これに関する具体的な支給額をもつて給与条例が制定施行されるまでの間をいうのであつて、群馬県において、かかる趣旨で給与条例が施行されたのは、前記規則適用の日であると解すべきであるから、本件条例の前記各附則にいう「従前の例」も前記「支給要綱」に基づく取扱いではなく地方公務員法附則第六項と同様、国立学校の教育公務員に対する取扱いと同一の取扱いを指称するものというべきである。

次に、被告は、教育公務員特例法施行令旧第一一条の法意は、地方公共団体が地方教育公務員の給与を国の教育公務員の給与に準じて、実情に応じ、適宜決定すべきものとする趣旨であると主張し、そのように解すべき根拠として第一に、地方自治の本旨を説き、第二に、右施行令旧第一一条但書の規定をあげ、第三に、義務教育費国庫負担法第二条、同法施行令第四条、教育公務員特例法第二五条の五の各規定をあげる。しかしながら、右第一の点については、右施行令旧第一一条は、教育公務員特例法旧第三三条に基づき、公立学校の教育公務員の身分変動に伴つて同教育公務員のよるべき給与支給の根拠規定が失われる不利益の発生を防くための暫定的経過措置として規定されたものであるから、右の点に徴すれば、国立学校の教育公務員と同一の取扱いをなすべきことを定めても、直ちに憲法第九二条にいう地方自治の本旨にもとると解することはできない。また、右第二の点については、右施行令旧第一一条本文が「国立学校の教育公務員の例による」と規定しているのに対し、但書においては、「特殊勤務手当はなお従前の例による」との文言を用いているのは、公立学校の教育公務員が、教育公務員特例法によつて身分を変更する以前においては、特殊勤務手当に関する規定として、政府職員の特殊勤務手当に関する政令(昭和二三年政令第三二三号)第一二章の適用を受けていたが、国立学校の教育公務員については、よるべき特殊勤務手当に関する規定がなかつた関係からであることは明らかであるから、右施行令旧第一一条但書の規定の文言から同条本文の法意を被告主張のように解するとすることはできない。さらに、被告挙示の義務教育費国庫負担法第二条、同法施行令第四条、教育公務員特例法第二五条の二の各規定の趣旨、内容はすでに述べたとおりであつて、これらの規定をもつてしても被告主張を理由づけることはできない。よつて、前記被告主張は採用することができない。

最後に、被告は、地方自治法施行規程第五五条第二項に関する刑事裁判例を援用して前記施行令旧第一一条が訓示規定であると主張するが、すでにみたとおり同施行令旧第一一条の立法経過、立法趣旨等からみて、これを単なる訓示規定とは解せられないのであるから、これと異なる被告主張の裁判例の存在をもつて、右結論を左右することはできない。

(3)  以上のとおり、群馬県においては、公立学校の教育公務員の宿日直手当の支給は、前記規則適用の日の前日である昭和三三年九月三〇日までの間、国立学校の教育公務員と同一に取り扱うべきであるところ、国立学校の教育公務員の宿日直手当は、「一般職の職員の給与に関する法律」第一九条に基づく人事院規則九―一五の第二条により、「宿日直勤務一回につき、三六〇円、五時間未満の場合は、その勤務一回につき、一八〇円」と定められているから、これと同一の額の宿日直手当が支給されるべきである。従つて、群馬県内の公立学校の教育公務員である別紙第一ないし第三目録中(一)記載の原告らの各主張期間の宿日直手当の支給がこれによるべきことは明らかである。

(二)  事務職員等である原告らについて。

(1)  群馬県内の公立学校の事務職員等の、前記規則適用の日の前日である昭和三三年九月三〇日までの間における宿日直手当の支給は、以下に記載する立法経過および立法趣旨等に鑑みると、地方公務員附則第六項により、旧教育委員会法(昭和二三年法律第一七〇号)附則第六項により、旧教育委員会法(昭和二三年法律第一七〇号)附則第八一条、同法第六七条、第六八条(昭和二五年法律第一六八号による改正後の規定。以下同様である。)に基づき、当該地方公共団体の長の補助機関たる吏員と同一に取り扱うべきものと解するのが相当である。すなわち、

公立学校の事務職員等が地方公務員法第二条等にいう地方公務員に該るものであることは学校教育法第二八条、第四〇条等の諸規定に照して明らかであるから、右事務職員等の宿日直手当を含む給与の支給は、地方公務員法附則第六項、同法第二五条第一項、第二四条第六項により、給与に関する条例が制定施行されるまでの間は、「なお、従前の例による」こととなるところ、右附則施行当時、公立学校の事務職員の給与に関しては、別に地方公共団体の職員に関して規定する法律が制定施行されるまでは、当該地方公共団体の長の補助機関たる吏員の例によるものとする旨の前記旧教育委員会法附則第八一条、同法第六七条、第六八条が現に効力を有していた。そして、事務職員と事務補佐職員との間にはその職務において質的な差がないこと、また、その、その後の昭和二六年法律第二〇三号による同法の一部改正に当つては同法第六六条、第六七条等に「事務職員」に加えて「その他の職員」なる規定を設けるに至つたこと等をあわせ考えると、右旧教育委員会法の各規定にいう「事務職員」には事務補佐職員をも含む趣旨であつたと解せられるので、結局、地方公務員法附則第六項にいう公立学校の事務職員等の宿日直手当を含む給与に関する「従前の例」とは、右旧教育委員会法の各規定に基づく、当該地方公共団体の長の補助機関たる吏員と同一に取り扱うべきことを指称し、公立学校の事務職員等の給与に関する条例が制定、施行されるまでの間、引き続き、その例によるべきものと解するのが相当である。なお、前記旧教育委員会法附則第八一条は「教育公務員特例法に別段の定があるものを除く外」と規定しているが、公立学校の事務職員等が同法の適用ないし準用を受けないことは、同法第二条、第二二条、同法施行令第三条等の規定上明らかである。

(2)  ところで、当該地方公共団体の長の補助機関たる吏員とは、地方自治法第一七二条所定の吏員であつて一般職に属するものであるが、群馬県における、右にいう、長の補助機関たる吏員の宿日直手当は、「群馬県職員の給与に関する条例」(昭和二六年条例第五五号)第一八条およびこれに基づく「宿日直手当に関する規程」(昭和二八年九月一八日群馬県訓令甲第四二号)に従つて支給されており、昭和二九年四月一日から昭和三三年九月三〇日までの間は、昭和三三年一〇月二八日同県訓令第二三号による改正前の右規程第二条により、「宿日直勤務一回につき、二〇〇円、五時間未満の場合は、その勤務一回につき一〇〇円」と定められていたから、群馬県内の公立学校の事務職員等である別紙第一ないし第三目録中各(二)記載の原告らの各主張期間の宿日直手当はこれと同一の額が支給されるべきである。被告は、右条例第五五号第一八条に、「任命権者が定める額」を宿日直手当として支給すると規定しているところから、原告ら事務職員等に対しては、その任命権者である群馬県教育委員会の定める額を支給すべきであつて、現に群馬県ではこの趣旨に基づき、被告主張の「支給要綱」に従つて支給されていた旨主張するが、そもそも同条例第一条が同条例制定の目的につき、「職員(公立学校職員を除く)の給与に関する事項」として、わざわざ公立学校職員を除外している点からみて、同条例が、直接、原告ら事務職員等をその適用の対象としているとも解することができないし、また同条例第一八条にいう「任命権者」とは、普通地方公共団体の長(地方自治法第一七二条第二項参照。)である群馬県知事を指称するものであつて、同県教育委員会ではないことは明らかであるから、この点に関する被告の右主張もまた採用することができない。

三、そうすると、別紙第一目録中(一)(二)記載の原告らが昭和三三年四月一日から、同第二目録中(一)(二)記載の原告らが同年五月一日から、同第三目録中(一)(二)記載の原告らが同年六月一日から、いずれも同年九月三〇日までの間なした宿日直勤務につき、前記認定の法定支給額(別紙第一ないし第三目録中各(一)記載の原告らについては、宿日直勤務一回につき三六〇円、五時間未満の場合はその勤務一回につき一八〇円。別紙第一ないし第三目録中各(二)記載の原告らについては、宿日直勤務一回につき二〇〇円、五時間未満の場合はその勤務一回につき一〇〇円。)を乗じた額から既支給額を控除した額が別紙第一ないし第三目録中各債権額欄記載のとおりであること、原告らのうち、原告大山操、同大沢京一、同新井豊、同田子賢吾、同佐藤次雄、同伊藤友清、同小林幸雄、同中島進が本件訴訟係属中に死亡し、それぞれその主張の相続人らが同原告らを相続したこと、および同原告らの前記宿日直手当請求権につき右相続人らが各相続分に応じて取得した債権額が別紙目録中各該当債権額欄記載のとおりであることは当事者間に争いがないから、被告は原告らに対しそれぞれ前記額の金員と、これらに対し、いずれもその訴状送達の日の翌日であることの明らかな、別紙第一目録中(一)(二)記載の原告らに関する分については昭和三五年六月七日から、同じく別紙第二目録中(一)(二)記載の原告らに関する分については同年同月同日から、同じく別紙第三目録中(一)(二)記載の原告らに関する分については同年七月六日から、いずれもその支払いずみまで民事法定利率による年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきである。

四、よつて、原告らの被告に対する本訴請求は、すべて理由があるからこれを認容し、仮執行の宣言の申立については相当でないものと認めてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、原告らが本件請求の減縮をなした経緯等を考慮して、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

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